超凡大学生

どこにでもいそうでいない大学生のつぶやき

AI、BI、そして、CIの時代 「最後はヒトだったよ」

AI(Artificial Intelligence、人工知能

BI(Basic Income、最低限所得保証)

CI(Community Identity、共同体同一性)

 

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今後の世の中の流れを就活が一段落してきた学生が考察したい。

なにかと言うと、AIとBIの流れからCIの世の中になるんじゃないか、という妄想話だ。

かなり頭のおかしい妄想に聞こえるかもしれないが、最後まで読んで欲しい。

少しは理解して頂けるのではないだろうか。

就活をしていて感じた、あの違和感と未来を綴りたい。

 

今日の目次はこんなかんじだ

  1. これまでの時代
  2. いまの時代
  3. これからの時代
  4. そしてその先の時代
  5. まとめ

 

1、これまでの時代

まず、1990年代後半以降のインターネットの普及やWebサービスの登場と共に、「事実」となるデータが生成される範囲を広がっていった。

 

それをBI(Business Intelligence)という。元祖BIは、経営・会計・情報処理などの用語で、企業などの組織のデータを、収集・蓄積・分析・報告することで、経営上などの意思決定に役立てる手法や技術のこと。BI技術は、経営判断上の過去・現在・未来予測などの視点を提供するものだ。

 

BIという技術は膨大なデータの中から、人間が意志決定するために役立つパターンや特徴を見つけやすいように表やグラフに「見える化」することに主眼が置かれてきた。

 

あくまで、意思決定は人間が主体であった。BIによって見える化された経営課題などを、「人間が」特徴を見つけ出し、「人間が」推論、判断するための作業を行う。

 

元祖BIでは、課題のパターンや特徴を見つけ出す作業は人間に大きく依存していた。

 

2、いまの時代

2010年代になるとAIが台頭してきた。

 

AIは何でもできる高度な知能機械というイメージがあるが、現実には、意志や意識、好奇心や課題の探求・開拓といった人間の脳には本来備わっている機能はない。

 

従ってAIは、人間が経験や知識などに基づいて考え、判断し、行動する認知の過程を支援する手段である。

 

そして、 AIの中核となるのが機械学習。これは、データを分析し、推論や判断を行うためのパターンや特徴を計算で取り出すための仕組みだ。

 

AIは経験や勘にたよるのではなく、事実から生みだされるデータに基づくことで、的確な意志決定が下せるよう支援してくれる道具であり、統計的手法を駆使し、そのデータに内在するパターンを見つけ出すという機能がある。

 

AIは、元祖BIではカバーできなかった「パターンを見つけ出す」ことや、「特徴を見つけ出す」ことを機械自身にやらせるところが革新的なところである。

 

そして、扱えるデータ量もビッグデータと言われるように、量や種類ともに膨大になった。人間の能力だけでは、膨大なデータに内在するパターンや特徴を見つけ出すことが困難になったこともAI台頭の背景にある。

 

BIの出現から20年もしないうちに、コンピューター性能の向上やアルゴリズムの進化があり、「パターンの発見」なども機械に任せることが可能になったのだ。

 

昨今は、脳科学の知見を取り入れた「ティープ・ラーニング(深層学習)」という手法が登場し、機械学習の機能や性能がさらに高まっているという。(文系素人知識)

 

こ機械自身に事実に基づきデータの解釈をさせ、推論や判断さえも委ねようというところに元祖BIだけの時代とAI時代は大きな違いがある。

 

もちろん、最終的な判断は人間の役割とする場合も多いかもしれないが、AIを利用した「自動運転車」などは、運転に必要な様々な判断を機械に委ねている。既に駐車を完全自動でやってくれる車が民間で売り出されており、そんな車を都内でも見かけることがあるだろう。

 

3、これからの時代

AI(Artificial Intelligence、人工知能)とBI(Basic Income、最低限所得保証)は今後、世の中の根底を変えるだろう。

 

進化を続けるAIが「人間がしなくていいような仕事」を奪い、BIが「仕事をしなくていいよ」と言うのだ。

 

具体的にはAIなどを扱う高度な知的労働階級と、職を失う単純労働階級の二極化(デジタルディバイド)が進む。そして富の再分配の一つの方法としてBIが行われる。

 

富の再分配の一つの方法であるBIとは、国家が無条件に国民に対して最低限の生活を保障する額の現金を、国民全員に無条件・無期限で給付する制度だ。生活保護国民年金と同水準の1人当たり8万円と設定すると、夫婦に子ども2人の家庭では32万円の給付になる。もちろん使途は自由だ。長所は国民であることのみが条件というシンプルさと、官僚や行政の差配が利かないことだ。

 

2015年、野村総合研究所から「日本の労働人口の49%がAIに置き換えることが可能」という内容の発表がされた。2017年末、メガバンク3行がAIを活用して大規模な人員削減に踏み込むと発表した。

 

AIがつまらない仕事を置き換わってくれる。

BIはあなたに「仕事しなくていいよ」と言う。

 

そして遂に、このブログの最終テーマに行き着く。

 

それでもあなたは仕事がしたいか?

 

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どう生きる?

 

「何のために生きるのか」

「何がやりたいのか」

 

AI、BIによって、「働かざる者食うべからず」から「働かなくても食ってよし」へ。

夢のような大転換が起きる。

 

働かなくてもいい世界が訪れる。

 

働かなくても良い世界は単純に理想郷とは限らない。退屈という不幸がある。人間はラクを求める怠惰な一面もあるが、楽のために努力したり興味を持ったりする一面もある。何らかの鍛錬、修練、学びを欲する一面が人間にはある。

 

経済活動に人間のかかわる割合が減る分、自己実現なり社会貢献なりのために人間は生きられるようになる。

そのときあなたは

 

「何のために生きるのか」

「何がやりたいのか」

 

4、そしてその先の時代

CI(コーポレート・アイデンティティ)とは、企業文化を構築し特性や独自性を統一されたイメージやデザイン、またわかりやすいメッセージで発信し社会と共有することで存在価値を高めていく企業戦略のひとつのことだ。

 

一見これはただの企業戦略の話だが、

私が提唱したいのはCI(コミュニティ・アイデンティティ)だ。

 

コミュニティとは「共同体」

アイデンティティとは「あるものがそれとして存在すること」、またそうした認識をさす。広義には、「同一性」「個性」「国・民族・組織などある特定集団への帰属意識」「特定のある人・ものであること」などの意味だ。

 

どういうことかというと、特にやりたい仕事もなく、BIでわりと不自由なく生きる人々は「アイデンティティ」を意思決定基準に、「コミュニティ」を形成し始めるということだ。

 

今までの人々にとってのコミュニティは「企業」であり、意思決定基準は「稼げるか」とかであった。

しかしこれからは自分の「アイデンティティ」によって「コミュニティ」を決める時代が来る。

それを私は「CI(コミュニティ・アイデンティティ)」の時代と呼びたい。

 

アイデンティティとは「自分とは●●という人間だ」という認識だ。

これはつまるところ、自分は

どんな人と一緒にいたくて、どんな人と一緒にいたくなくて、どんなことが好きで、どんなことが嫌い

といったことを認識している状態だ。

 

「好きを仕事にする」とかそういう最近のトレンドは究極全てこれだ。

 

CIの時代は

「私はこれが好きだー!」と言って勇気を持って旗印を立て、行動し、コミュニティを創る(フォローワーを集める)

そしてコミュニティの文化を構築し、特性や独自性を統一されたイメージやデザイン、またわかりやすいメッセージで発信しフォローワーと共有することで存在価値を高めていく。

(コーポレート・アイデンティティ)と似ていることにお気づきだろうか

 

まさしく、100年時代を生きる戦略のひとつのことだ。

 

たった、これだけ。

CIの時代は

好きなことを好きと言える人が楽しい時代。

嫌いなことを嫌いと言える人が楽しい時代。

自分勝手な人が人生を謳歌する時代。

 

自分の好きなコミュニティを自分で創る

または、好きなコミュニティに参加する

 

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新しい“CI”の時代

CI(Community Identity)共同体同一性

好きな人が好きなように好きな人と好きにするコミュニティ 

 

たった、これだけ。

CIの時代。

 

5、まとめ

なんでこんなことをいきなり真面目ぶって就活生の私が言うかというと、

OB訪問などを重ねた私が「あること」に気付いたからである。

それは、OBほぼ全員が口にした言葉だ。

 

私は「最終的にその企業(内定先)を選んだ決定的な理由はありますか?」と聞いた。

すると、OBはこう言うのだ

「最後はヒトだったよ」

 

あまりに多くのOBがこのセリフを言うのだ。

気になった。

なぜそこまで論理を詰めて、面接官にうんともすんとも言わせないような対策を立て、ロジックロジックうるさくしていたのに。

 

「最後はヒトだったよ」

 

ああ、わかった。

要はどこかコミュニティに属したいから会社に行くのか。

要は好きな人がいる会社にいたいのか。(雑)

 

そうか、好きなコミュニティに属したいのか。

 

ん?

これって、昔から変わってない?

 

サッカーが好きで、サッカー好きが集まるコミュニティだからサッカーサークルに入る。

 

子供の時、楽しいから集まって遊ぶ

 

究極そこに帰ってくるのか。

 

ということは、きっと人間の根本なのだろう。

 

AIが進化しても、BIが整っても、きっと人間はこの行動を止めない。

 

CIの時代が来る。

 

なによりも「家族」を大事にしたい

就職活動を進めれば進めるほど

やってみたいこと、得たいスキルなどが

バンバン見つかる

 

こんなこともやりたい

あんなこともやりたい

こんなことはしたくない

あんなことはしたくない

 

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家族を大事にしたい

 

大変だとはわかっているけど、営業をやりたい

帰れない日があるだろうけど、企画をやりたい

毎日何十人と面接しなければならないけど、人事をやりたい

IR資料作成やプレスリリースなど実は大変だけど、広報をやりたい

 

やりたいことはたくさんでてくる

できないこともたくさん見えてくる

 

けど

全部、なんのため?

 

幸せのため。

 

その自分の幸せを作る

大きな一つの要素に私は

 

「家族」

 

がある。

 

なによりも家族を大事にしたい。

深い理由はまだ言えないが、私は「家族」があまり好きではない。

様々な面で支えて頂けているし、本当に感謝している。

ただ、私は「家族」で居場所がない。

「家族」という生まれて一番初めに飛び込むコミュニティにおいて私は居場所がない。

 

そんなかんじで、私は「家族」というコミュニティを渇望している。

温かい家族ってどんなのなんだろう

楽しい食卓ってどんなのだろう

一緒に見るテレビってどんなのだろう

 

 

だから、将来なによりも大事にしたいことは

「家族」だ。

 

自分が子ども時代感じることができなかった「家族」を大人になったら感じたい

子どもとして、は難しかったから今度は親として、

「家族」というコミュニティを手に入れたい

 

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実際めちゃくちゃ不安

 

正直言って不安だらけだ。

なぜなら子どもにとっての「家族」を私はあまり感じたことがないから

自分の子どもにそれを感じてもらうことができるのかわからないのだ

自分が感じていればそれを参考にしたりして、

子どもにとってより温かい「家族」を実現しようとできるのだが、

なにより自分の中で参考にできるものがあまりない

反面教師的なかんじで

自分が子どもとしてこれはいやだったから、こういうことはしてはいけない、はわかる

しかし、こうしたら喜ぶ、といったポジティブなほうに関してはデータがない。

 

もしかしたら、「家族」を大事にしようとして過保護になったりして、

「家族」を実は大変なことにしてしまうんではないか、

という不安がめちゃくちゃある。

 

自分なんかが本当に家族を大事にできるのだろうか

結局なんだかんだ育て方とかって、自分を育ててきた親のやり方に似てしまうんではないか

子どもが楽しい食卓なんて特におもしろいことを言えない自分が作れるのだろうか

奥さんを大事にできるだろうか

奥さんとあらゆる面で二人三脚できるだろうか

 

まだ子どもがいるわけでもないのに、奥さんがいるわけでもないのに、とても不安になる

 

でも、こんなかんじで、自然と不安になってしまうほど、自然と考えてしまうほど、

自分は「家族」を渇望しているようだ。

 

なによりも、家族を大事にしたい

 

そんなことにやっと気づけた就職活動17日目。

 

家族を大事にするにはどんなスキルが、どんなスタンスが、必要なのだろう

 

どんな人間にならなければならないのだろう

 

もっとよく考えて、就職活動や、人生について考えたい。

自分をもっと愛していい ストーリーに特化したメディアがやりたい

私は

 

人の「ストーリー」が好きです。

チームの「ストーリー」が好きです。

 

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ストーリーとは

 

この記事でいう「ストーリー」というのは

インスタグラムの「ストーリー」機能ではなく、

個人や集団が描いてきた過程(人生)です。

 

ちなみに私にとっての「ストーリー」とは

「この世の中に同じものが一つもない心を動かす“こと”」

です。

 

ちなみにある英英辞典では

「Story」の英訳の一つとして

「a message that tells the particulars of an act or occurrence or course of events」

(=「その行為や事象の発生または経過の旨を伝えるメッセージ」)

です。

 

そう、ストーリーは「メッセージ」だとも思っています。

 

どこに惹かれるのか

 

人はそれぞれ自分が見た世界を生きています。

 

なぜなら、

人は地球上に唯一無二です。

同じ人生を歩んできた人は決して一人もいません。

 

チームは結成されてからチームが見た世界を生きています。

 

チームとは唯一無二の個人が集まってできる集団です。

だからチームも同じチームは地球上に決して一つもありません。

 

従って、

人やチームが歩んできた「経過」「道」「人生」=「ストーリー」

は地球上で唯一無二です。

 

世の中に唯一無二な“こと”って多くない。

「ストーリー」はダイヤ1カラットとかよりぜんぜん希少性が高いんです。

人間は唯一無二なことに惹かれる。

私はそう思うんです。

特に私は惹かれます。

 

不謹慎でも好き

 

このようなことを書くと

「ストーリー」を「成功体験」を勘違いしてしまう人がいますが、違います。

誤解を恐れず言うならば、成功も失敗も含めた「ストーリー」が好きなんです。

 

失敗の「ストーリー」を「好き」と書くと「不謹慎」と言われるかもしれません。

否定しません。不謹慎かもしれないです。

ただ、念のため言いたいのは人の失敗を軽く見たり、人の失敗を喜んだりしてるわけではないということ。

「失敗」の「ストーリー」を含めた「人」の「ストーリー」(=人生?)が好きです。

(そもそも「失敗」って何、みたいな話は割愛します)

 

「ストーリー」に特化したメディアってありそうで、ない

 

下記のメディアは大好きです。しかし、自分としてはもの足りないというかんじです。

もっと深掘りしたいんです。

listen-web.com

 

自分のイメージとしては、下記記事です。その人の「ストーリー」が伝わる。「メッセージ」のように。

www.businessinsider.jp

 

「AIが人間を超えるなら、ほとんど人間は働く必要がなくなる。そう考えたら、今会社で働く意味が、一気に分からなくなった」

 

誰もが一度は考えたであろう「AIあるなら働く意味って…」という考え。

久野太一さんもそう考え、「道」「ストーリー」(人生)を歩んだ。

久野太一さんのこの「ストーリー」はもはや何かを伝えている「メッセージ」ではないだろうか。

久野太一さん自体がもはや「メッセージ」。

そんな感覚を私は覚える。

そして心を動かされる。

実際にあれこれ考えて、行動を起こし、生きているという、まるで記事自体が生きているんじゃないか、というような感じ。

私はこの記事にとても心を打たれた。

そして私はこのような「ストーリー」をもっと知りたい。

 

ストーリーが求められる世界

 

もちろん

人によっては良いストーリーと感じる「ストーリー」も、悪いストーリーと感じる「ストーリー」もある。

ただ、今の世の中的に、

人はそういった「ストーリー」を求めているし、

逆に人も「ストーリー」を語りたいんじゃないだろうか。

(無理して語らせるべきではないし、無理して語るべきでもないとは思っている。そこは配慮しているつもりだ)

 

なぜそう思うかというと、こういった番組が最近人気を博しているからだ。

テレビ東京すごい…!)

www.tv-tokyo.co.jp

 

www.tv-tokyo.co.jp

 

国内、国外の人が「実はこんな人生歩んできました!」というのを伝える番組

(雑な説明ですみません)

 

私はこの番組の「色々な人の色々な人生を伝える」というポイントが好きということです。

(ネットで批判される「日本称賛番組だ!右翼的だ!」てきなところについては言及しません。)

 

やりたいこと

 

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私はこれをテレビではなく、Webメディアとしてやりたい。

「ストーリー」に特化した「Webメディア」をやりたい。

 

色々な人の色々な思いを知りたい、伝えたい

色々な人の色々な人生がぎゅっとつまったメディアをつくりたい

 

冒頭であえて人だけでなくチームも書いたかと言うと、チームのストーリーもやりたいから。

色々なチームの色々な歩み「ストーリー」を知りたい、伝えたい

色々なチームのストーリーがぎゅっとつまったメディアをやりたい。

いつか、自分のストーリーも書きたい(今は諸事情で書けない)

 

いつも感じること

 

もちろん自分が「知りたい」という気持ちが今大きな「やりたい」につながっているが、それだけでない。

 

現在私は就職活動中。自分も就職活動を進めるし、友人も就職活動を進めている。

そんな中で相談されやすい私は相談相手として色々な人の半生を聞いたりするのだが、

いつも感じることがある。

それは

 

「なんて素敵な人生を送っているんだ」

「なんでこんな素敵な人生を歩んでいるのに、だれかの人生のいいところだけと自分の人生を比べて、落ち込んだり、自信を失くしてしまっているのだろう(自分も含め)」

「もっと自分の人生に自信って持てないかな」

「自分は自分だし、だれかはだれか。比べずに、自分の人生にもっと自信を感じることはできないかな」

 

「ストーリー」に特化した「Webメディア」

 

そんな思いから、「ストーリー」の「メディア」をやりたいと考えている。

私は多くの相談を受けた結果、ある程度「自分は自分」と考えることができるようになった。(まだまだだが。)

なぜならやはり多くの人の話を聞くことができたからだ。

自分のストーリーの一瞬一瞬の苦しみとか喜びは、正直だれにも完全にはわからない。

逆も然り。だれかのストーリーの苦しみとか喜びは、正直完全にはわかってあげれない。

これは諦めではない。

もちろん人のストーリーを聞く時、出来る限り苦しみとか喜びをイメージし、共感したり、なにかしらする。

しかし、完全にその人の痛みとかを味わってあげることはできないのだ。

 

それがわかってくると、私は「自分は自分」という自分の人生の当事者意識がでてきた。

「この苦しさわかれよ!」と思ってもだれも完全には「わかってくれない」のだ。

するとだんだん

「だれかの人生と自分の人生を比べてもしょうがない」という考えに変わり

自分の人生に妙な「自信?」が湧いてきたのだ。

「ここまで俺よくやってきたんじゃない?」てきな。

 

もっと自分を愛していい

 

これをやりたい。

自分の人生を、できるならば悲観してほしくない

もっと自分の人生を許してあげていい

 

完全にわかったようなことは言えないが

みんな必死に生きてると思う。

自分の人生にもう少しだけ自信をもってほしい

そう言う自分も、自分の人生に自信を持ちたいんです。

 

もっと自分の人生に肯定感を感じていいと思う。

必死にここまで生きてきた自分をもっと愛していいと思う。

 

もっと自分を愛していい

 

「ストーリー」の「メディア」では

そんなことのお手伝いができるかもしれない

お節介かもしれないが、

「自分の人生に自信をもつ」

「自分を愛す」

そんなことのお手伝いがしたい。

そう思いました。

 

「ストーリー」に特化した「Webメディア」

 

やりたい。