超凡大学生

意識高ぶってる大学生のつぶやき

築地の跡地には超大型サッカースタジアムを!!!

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築地の跡地にはサッカースタジアムを建設しませんか?

築地の跡地とは?

上記サイトは参考にどうぞ。

要は築地市場豊洲に移動した後、残った土地(築地)を国がただ保有してるんじゃなくて民間に売ってしまおう。それか貸そう。というやつだ。政府見込みでは4400億程度で売りにでるor貸すようだ。

築地市場豊洲移転問題に関しては話が長くなるのでここでは述べないでおきます。笑

ちなみに築地市場は23ヘクタールで東京ドーム約5個分だ。

(東京ドームシティの約1.7倍だからもはや小さな町くらいの大きさ)

超大型サッカースタジアムって?

超大型スタジアムと言われてもあまり想像がつかないだろう。

ここでは海外のスタジアムを例に挙げてみよう。

世界最高クラブのひとつ「バルセロナ」のホームスタジアム「カンプ・ノウ」は約5.5ヘクタールで東京ドームより少し大きいくらいだ。↓

 

http://kabekin.com/uploads/converted/15/06/13/869391975-camp-nou-evening-2880x1800-0RKv-1920x1080-MM-100.jpg

 

日本の最高クラブのひとつ「浦和レッズ」のホームスタジアム「埼玉スタジアム2002」は約5.3ヘクタールで「カンプ・ノウ」と大差ない。↓

 

http://livedoor.blogimg.jp/motori_avenata/imgs/9/1/91cb8b64.jpg

 

しかしバルセロナの「カンプ・ノウ」は現在改修工事を行っている。

なぜかというと、スタジアムの拡大と共にスタジアム内に商業施設を作り、より快適なスタジアム観戦、試合が行われない時にでもお客さんが自然とスタジアムに足を運ぶような環境を整備している。(↓完成後のカンプ・ノウ予想図)

http://www.designboom.com/wp-content/uploads/2016/04/new-camp-nou-barcelona-football-stadium-nikken-sekkei-designboom-N1800.jpg

 

私が提案したいのはそのような商業施設や娯楽施設、ホテル等設備を兼ね備えた超大型スタジアムだ。

現在の埼玉スタジアム2002では周辺の商業施設と距離が離れすぎているし、駅からも遠い。観光のついででよれるような場所にない。などが「カンプ・ノウ」との違いだろう。                                                                                                                       

なんで建てるの?

なぜ、そのような超大型スタジアムを提案するのか。

これは私の直感だが、これからスポーツはもっともっと需要が伸び、活性化していく産業だと思う。

理由は大きく2つある。

  1. 「楽しむ」拡大
  2. すべてのハブになりえる

それはAIの出現、自動化の時代の潮流などで感じられる、「人でしかできないこと」の必要性の拡大だ。

人でしかできないことの1つに「楽しむ」という行動だろう。

機械やAIでは「楽しむ」ということはできないだろう。

ホリエモンさんの著書の中では「今まで遊びだと思われていたものがどんどん仕事になる」と書いてあるが、実際その通りだろう。

プロゲーマーやブロガー、インスタグラマー

このような職業を持つ人達だってまさかそれを生業に生きていけるとは10年前思わなかっただろう。

話はそれるが人間の職業の半分が失われるといわれているが私は半分同意で半分違っていると思う。

たしかにどんどんAIなどに職業は代替されていくだろう。しかし、人間は「人間性」と「不満足感の連続」によって新しい仕事を作り続けるだろう。

現在100の仕事があり、50がそのうち代替されるとしたらたしかに、今考えられている職業は50しか残らないだろう。しかし、人間は新しい職業を50創るだろう。

だから、結局中々人間が仕事を失う、とは私はあまり考えていない。

そのまた昔、農業にトラクターが生まれ、トラクターに代替され、職を失った人間は消えたのだろうか?違う。しっかり生きて、新しい生業を手に入れたのだ。サービス業だったり、2次産業の従事したのだ。

それと同じようなことだ。

スポーツは人間にしかできない究極の遊びだ。

なぜなら、“ただ勝ちたい”という欲求にかられた高次元の欲求を目指すことだからだ。

社会に認められたい、新しいことを作りたいとかではなく、

ただ目の前の「人」、「チーム」に勝ちたい

という幻の第6次的欲求「自己超越欲求だからだ。(と私は思う)

自己超越欲求については以下のURLを参考にして下さい。中々興味深いですよ(^o^)

マズローの自己実現・自己超越欲求とは?【解説】 | 生きる意味.net

話がぶれぶれだが、人間の「楽しむ」を中心に置いた職業に人はシフトしていき、人はそういうものに興味をひかれ、お金を払うと思う。

 

スポーツはすべてのハブになりえると私は思う。

なぜなら年齢、セクシャリティジェンダーに関係なくだれもが好むものだからだ。

もちろん好きではない人はいるかもしれない。けど「スポーツ」が嫌いという人は中々いないだろう。

(野球が嫌い、サッカーが嫌いという個別の好みはあるかもしれないが、そういう人は他のスポーツに関心があったりして、スポーツ全部が嫌いという人にはいままで、であったことはない。またスポーツするのが嫌いで、見るのも嫌いという人にもあまり私は出会ったことはない)

ということはどんな人でもスポーツを行う場所に訪れる可能性があるということだ。

それはかなりの大きな可能性を秘めている。

お年寄り向けの施設を併設することだって、幼稚園を併設することだって、若者向けの飲食施設を併設することだって、そういうところに集まった若者に向けた広告をうちだしたり、観光でその都市の最高のスポーツチームを観戦することだって、服を買いたくなって行くのがラフォーレ併設の味の素スタジアムだったら、、、

ビジネスや生活、観光、老後などすべての活動の中心になりえる。それがスポーツを行っている「スタジアム」の大きな可能性だ。

よってスタジアムは「ハブ」になりえる。

 

これらのことから大きな大きなとても大きな「可能性」を私は感じる。

「楽しむ」の拡大によってスポーツ自体の価値が上がり、

「スタジアム」が人々の生活すべての「ハブ」になるのだ。

筆者の個人的な意見

現代サッカーの活躍にはとっても大事な要素が3つある。

ホリエモンさんの言葉を借りれば

「スター選手」「臨場感のあるスタジアム」「ITメディアの活用」

この3つだ。

ガンバ大阪が東京ドームシティを鑑みたのか、吹田スタジアムすぐ近くにexpocityという商業施設を作りました。吹田スタジアムは民間のお金で作った素晴らしいスタジアムです。

日本1の観戦環境だと謳う人も数多くいるほど近代的スタジアムです。

youtu.be

 

日本のサッカー界に新しい息吹を吹かせてくれましたが、吹田スタジアムにも問題があります。

詳しくは書いてくださってる方がいらっしゃるので下記URLを参考にどうぞ。↓

「日本一の観戦環境だけど帰りは大変」な吹田サッカースタジアムからの脱出方法【徒歩編】 : Tedious Days More×3

要点をまとめると

1、周辺交通網が脆弱(アクセスが悪い)

2、スタジアムの露店程度では観客の夕飯を賄いきれない

ですね。

まず「2」については、正直いってスタジアムの露店で夕飯賄いきれないのはしょうがありません。

たぶん、新しいカンプ・ノウでも観客全員がハーフタイム中に露店のごはんを買って食べれるのは難しいでしょう。

しかし、いまはこんなことも試験導入されているんです。

tomonotecho.com

席まで宅配!!!

素晴らしいサービスですよね!!!

実際に匂いをかいだりしながら迷いたい人は露店へ足を運ぶ。

スマホで各露店の予想待ち時間を見れて(ディズニーランドがかなり前からやってるんだからできるはず)メニューも並んでる間に決めて、お金も用意しておき、レジではQRコードぴっで注文確定すればレジの回転率UP

席を離れるのがめんどくさい人は前半の15分くらいまでにスマホで注文を終わらせといて、ハーフタイムは席で待つだけ!

飲食店側に莫大な人件費等が見込まれますが、いままだ長蛇の列のせいで取り逃がしてたお客さんを捕まえることができるため、意外と収支は黒字、“かも”。

これが「ITメディアの活用」でしょう。スタジアムの無料Wifiを用いてもらって、インスタグラムに「吹田なう」と投稿してもらい、お弁当を席までとりよせる。不自由なく最高な観戦を楽しめるでしょう!

 

「1」についてですが、これは吹田スタジアムは今更変えようがないでしょう。

シャトルバスの本数を増やしたり、モノレールの本数が少し増えるかもしれませんが、正直状況はあまり変わらないでしょう。やはり、外国人観光客のことも考え、観戦後ノンストレスで素早く行動できる、というのは観客増員のためにはマストの事項でしょう。

そのためにも、築地は素晴らしい場所だと思う。

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15分くらい歩けば5つの駅にアクセスできる。

東京駅も途中で居酒屋に寄ったりして観戦の感想を語って行けば、行けなくはない距離だろう。

そして日比谷線、浅草線、大江戸線がすぐそこに。

新橋まで行けば京浜東北、山手だってある

都内でこれほど交通環境が素晴らしい場所はないだろう。

成田エクスプレスのおかげで成田空港も近い。グーグルによると新橋駅から成田空港まで1時間で着く。

羽田なんてもっと近い。新橋から京浜東北とモノレールで30分で着く。

この利便性を使わない手はあるだろうか。

もしかしたらここまで交通網が充実しているスタジアムは世界初かもしれない。

それくらい、私は築地という場所に魅力を感じるのだ。

また、商業施設を併設しなくてもいいくらい周辺には飲食店などがある。試合観戦前、後に立ち寄れることも利点だろう。

まとめ

正直いって、サッカーのスタジアムじゃなくてもいいのだ。

スポーツだったらなんでも価値があり、観客がいて素晴らしいスタジアムを立てれるだろう。

しかし、そこは私がサッカーが大好きだからサッカースタジアムをゴリ推ししたい。笑

世界的にみてもサッカーほど競技人口が多いスポーツはあまりない。

スポーツはこれからもっともっと拡大していく産業であり、人間が「楽しむ」を求めるものであり、すべてのハブになりえるのである。

交通網や革新的ITメディアの活用

これが揃えることができる

築地スーパースタジアム

作らない手はないだろう。(ネーミングセンスがない。)

そしてここでは触れなかったが、「スター選手」がたくさん所属するスーパーチームがそこをホームグラウンドにしてほしいな、、、

 

以上、

築地跡地に超大型サッカースタジアムを作って欲しいという記事でした。(^o^)

マーク・ザッカーバーグのスピーチがどれだけ私に響いたかを上手く表現できない

久しぶりの更新です。

 

マーク・ザッカーバーグのスピーチに痺れた。

ざっくり言うと、

「すべてのひとが目的感を持てる、世界にしよう」

っていうテーマでしたね。(Sense of Purposeを連呼してた。笑)

 

ネットサーフィンしてたら、

AppleCEOティム・クックのMIT2017卒業スピーチがあって、

それもすごいよかった。

しかし、見終わった後、横にある

おすすめ一覧に

FacebookCEOマーク・ザッカーバーグのハーバード2017卒業スピーチがあって

それも見た。

そしたらもうなんか、惹かれちゃって。

完璧に聞き取れたわけじゃないですが、まあ理解できた。

聞いてたらあっという間に30分が過ぎてしまった。

そのスピーチは本当に、心揺さぶられるものでした。

ぜひ、見てください。特にミレニアル世代。

www.youtube.com

 

そして見終わって、余韻に1時間位浸ったあと、またネットサーフィンしてたら

 

keizokuramoto.blogspot.jp

 

このようなサイトに出会いって、共感しまくりました。

自分もスティーブジョブズのあのスピーチレベルだと全く同じこと考えました。

(くらもとさん、勝手にURL使わせもらって、貼らせてもらって、すみません。)

スピーチの和訳も記載してあるので、ザッカーバーグのスピーチの後、見るのがおすすめです!

 

 

 

「みんな人生の目標持たなきゃだめなんてわかってるでしょ?

みんなが人生の目標、自分の人生に意義を感じれられるような、そういう世界にしていこうよ」

と。

ぼくはマーク・ザッカーバーグ教でも社会貢献大好き人間でもないです

どちらかといえば、ボランティアとか、あんまり好きじゃないです。

 

しかし、このスピーチにはそんなことを超越したものを感じた。

 

ここから先はいちいち、「偽善的に思えるかもしれない、、けど、、!」

とかは書かない、そういうことについての言及はくらもとさんの方にも書いてあるからそっちを見といて欲しいです。偽善者だとか考える人がいるのはわかってるけど、書きます。そういう批判もおもしろいのですが、今ここでそれについて議論したくないので、それは勘弁してください。

 

どんどん社会はテクノロジーなどの進歩で動き、変化してる。

その中で、私たちは生きる目的、存在意義を探しています。

それを追い求めるのは、ミレニアル世代なら本能的にやってる。

みんな必死に就活して、留学して、走って、歩いて、時々休んで。

みんな頑張ってるよ!本当にそう思う。

 

そんな中で、目的を持てない。人生に意義を求められない、人が

世界にはいる。

 

以前私は、ブログでこんなことを書いた。↓

onehundredandninetyeight.hatenablog.com

私が考えられることなんてこれっぽっちだった。

自分の人生に意義を見いだせない。

日本の7割(私の感覚)の人はそういうがそれは少し甘えてないか?という感じの話だ。

ほとんどのことがインターネットなどのおかげで、

手軽に、無料や低コスト、

で享受できるこの時代に、

スキルなんてどこで学べるのかわからない、時間がない、頭いいやつらは生まれたときからの教育格差だ、とかとか、、、

それは少し甘えてないか?という問題提起だ。

 

記事内で私は、

1,インターネットに接続できない

2,マズロー欲求段階でいうと、生理的欲求、安全欲求が確保されない

この状況下の人が、上記のような「スキルなんてどこで学べば、、」や「教育格差だ、、」とかいうのはもっともだ。と記述してる。(はず)

 (マズロー欲求については↓)

www.motivation-up.com

 

マーク・ザッカーバーグと共感するとこはここだ。

(ここ以外にもあるけど、ちょうど自分の記事と少しかぶるとこがあったから)

マーク・ザッカーバーグが言う

「人生の意義を見つけようとすらできない人」「目的感を持てない人」

といいうのが私の「1,2、に該当する人だ」

 

そしてザッカーバーグ

そういう人だって平等に、存在意義、「人生の目標」求めて良いはずだ、

すべての人が平等に目的感もって生きてもいいはずだ!

と言っている。

 

間違いなく、私もそう思う。

 

そして私たちの世代も先々代がゆっくり築いてくれたような

人種の平等(マーティン・ルーサー・キング)というような

そういう社会的使命があると私も思う。

 

いろんな世代が、いろんなことを成し遂げてくれた。

肌の色はなんでもいい。人種の平等。

誰だって生きていい。生存権の確立。

財産をもってもいい。私有財産

投票権の平等、住民権の平等、、、、etc

そういうことを地道にやってきた先々代と同じように

我々ミレニアル世代も、我々の社会契約を結ぶべきだ

 

その社会契約を、我々ミレニアル世代の使命を、

マーク・ザッカーバーグ

「目的感の平等」「目的を持てる機会の平等」

である、と語った。謳った。

間違いない。私は「間違いない、その通りだ。」そう思った。

 

そして今、目的感が不平等な世界の、そのどこかでで、1,2などの理由で、目的感を見いだせずにいる人がいるならば、

目的感を持っているのにどうしてもそれをできない人(スピーチ中では不法移民の子ども)がいるならば、

他のぼくら全員がそれを背負い、代替していく責任を負うことになるのではないのだろうか!!!

というザッカーバーグでさえ涙があふれてしまうこの言葉。

心を打たれた。

というか、心にぐさっときすぎて辛かった。

 

「目的感」の平等化を目指そう、平等化をみんなで支えよう進めよう

そして平等にならないうちは代替しよう、代替していく責任を負おう、そして出来る限り手を差し伸べよう

 

 

 

個々のやりたいこと、好きなことをする前に目的感の平等化に従事しろとか

寄付しろとか、ボランティアしろとか、

そんなことをザッカーバーグは言っているんじゃない。

むしろ、「寄付とかはぼくみたいに金があったら、でいいんじゃね」スタンスだと思う

 

もっと身近な「ローカルなコミュニティの再建」が必要なんだと。

自分の1つの部屋から始まった大学内コミュニティツール「Facebook」が、まさか人類を繋げることができる「Facebook」になるとは、というFacebookCEOザッカーバーグだからこそ特に感じるのではないのだろうか。

 

くらもとさんはこうまとめている

正しいことだからやるんじゃなくて、自分の可能性を追求できずにいる人が一人でもいたらそれは社会の損失だし、その人がそれを実現できたら社会全員が助かるからこそやるんだ」というメッセージ・・・この論法はついつい縮小均衡的な自己規制に走ってしまいがちな日本人・日本社会にとって、非常に眩しく映る「アメリカならではの価値」だと思いました。

 

私は思う。

各々が人生の目的に向かい走っていい

起業してITとなにかを組み合わせて世界を変えたいならしていい

サッカー選手になって世界中の子どもに希望を与えたいならそうしていい

恋愛の会社を創って、多くの人が愛というものを感じるれるようなお手伝いがしたいならすればいい

 

そう、目的をもって目的を追っていいんだよ。

目的こそが幸せを作るんだ

でも、1年に1回でもいい。

その幸せを享受できない人がいることを感じて欲しい

目的感を得れない人がいる人を思い出してほしい。

 

そして、私たちは社会の構成員だ。

そんな人がいるのは、そんな人ができてしまうのは社会の責任だ。

構成員の私の責任だ。

責任を負おう、代替しよう、できるなら手をさしのべよう

 

マズロー的に言えば

ミレニアル世代は生理的欲求、安全欲求がほぼ満たされた

人類史上はじめての世代だ。

 

だから、我々も次の世代にはこれ以上のなにかを残そう。

生理的欲求、安全欲求の次の

「社会的欲求」を満せるようになろう。

だれしもが、社会から人として認められ

だれしもがどんな集団に属してもよくて

だれしもが、上記の環境下で「人生の目標」を持てて

だれしもが、上記の環境下で目的感を持って生きていいんだよ、と認めてもらえて

だれしもが、高次の欲求「尊厳欲求」「自己実現欲求」(=夢、人生の目標、目的感)を持てる

そんな世界にしていこう

 

なにしたっていい。

一人ひとりが様々な人生を送れるミレニアル世代、

各々が目的感を持って走れるミレニアル世代が

究極的に、どこかで、知らない内にでもいい

「目的感の平等化」に参画してほしい。

というよりは、各々の目的感を走って入れば必然的に

「目的感の平等化」に参画しているだろう。

 

私は私で目的感を持ち、これから自分の人生を突き進む

そして、がむしゃらに走ってて、気付いたら目的感の平等化に参画していたい。

そして気付いたときには、意識して手を差し伸べられる人間になっていたい。

 

今日もがんばろう

 

色々あって留学行くことを延期します

もうそろそろ大学から入学許可証が届いてしまいます。

 

しかし、留学することを延期しました。

 

理由として、一番大きい理由は、ここ最近の色々あったことが直結しているのですが、それはあまり言えないため、

他の理由について言及しようと思います。

そんでもってついでにここに記録として残しておこうかな、と

 

理由1

 

もちろん飛び込んでしまったほうが一番はやいのかもしれませんが、

もう少し英語の勉強と日本文化の勉強をしたいと思いました。

少し前に日本に来ている留学生とごはんに行った。

たくさんいろいろな話を英語でしたが、

日本文化などについて聞かれても答えれない

ということが自分の胸になにかを突きつけた。

また、アルバイトで外国人を接客している時、

「なぜ君は大声を時々出すんだい?なんて言ってるんだい?」

と聞かれた。

その大声というのはお客様が、入店してきた際の「いらっしゃいませ!」であったり、退店する際の「ありがとうございました!」であるようだ。

なぜいらっしゃいませを大声で言うのか

もちろん他従業員に知らせるためであったりとかなのだが、

まず、そんなことが日本の文化であるとは思わなかった。

あまり詳しく聞けていないが私に聞いてきた人の国にはいわゆる「やまびこ」という文化はないらしい。

各従業員がお客様が近づいてきたら、「hi,how are you?」「good evening」と言うだけで、全員がお客様の来店に同時に反応し、「HI! HOW ARE YOU!!!」なんて言わないとのこと。(よーく考えたらそうだよな、、、)

そして、そんなこともスッと英語で伝えることはかなり難しい。

なにが日本の文化かもうまくわかっておらず、日本語ですら伝えられなく、英語でなんて、、、

というありさまです。

 

理由2

あまりに日本の歴史、風土を知らないということ。

一緒にごはんを食べた留学生はフランスから来ているのだが(フランス語も英語もしゃべれる)まだ日本に来て1ヶ月くらいだが、自分と同じくらい日本の色々なところに行っている。私はたぶんまだ10県くらいしか行ったことないが、その留学生は既に関東、九州は全部行ったみたいだ。

驚くと同時に自分の行動範囲の狭さとかに笑えた。

九州の別府温泉について聞かれたがなにも答えられない、竹島問題もちゃんと日本の島だということは"なんとなくわかっている"だけで、なんであんなことになっているのか答えられない。日本酒の名産地、おすすめ銘柄、飲み方を教えられない(ワインの名産地、おすすめ銘柄、飲み方をしっかり教えてくれたが自分は教えられず、、)

伊達に20年以上生きてきたつもりはなかったが、

“伊達に”生きていたようだ

留学に行く前に外国人に慣れておこう、伝えられないという感覚を感じておこうと思って、正直いって気軽に留学生をごはんに誘った。

しかし、留学前に留学に行ったんじゃないか、くらいの(留学行ったらこんなことの連続だろう)驚きというか、衝撃というか、、なんというか、、、

 

理由3

奨学金が得られなかった。

またいつか書くかもしれませんが、トビタテ留学JAPANという官民協力の奨学金に応募したのですが、落選してしまいました。

私の家庭は経済的に裕福とも言えないし、貧困でもありません。

しかし留学となるといきなり1年間で300万弱かかってしまいます。(私の場合)

いきなりはそんなお金をだすと経済状況があれということで

奨学金が必須でした。

他の奨学金もありますが、比較的楽に取れるものは貸与式のため、卒業後の自分の借金がかなり増えてしまうということで、返済できるのかと、かなり親には心配をかけてしまったりするようです。

今回の留学のプランはけっこういきなり動いたため、奨学金の選考も1個しか出願しておりませんでした。

親に出来る限り負担はかけたくない。

そして1番は、厳しいけど給付式の奨学金を得れるくらい英語の勉強であったり将来プランをしっかりやらなくてはいけないな、と強く感じました。

次は留学プランをもっと練りたいし、その通りにいかないということをわかっていても現時点のキャリアプランであったりやりたいこと、やりたくないこと、とかをもっとじっくり時間をかけて再考したいと思いました。

留学に行くことがだんだんリアルになってくるたびに留学にどれだけの人が関わっているか、どれだけのお金がかかるのか、どれだけの時間がかかるのか、かなり認識した。

そこでビビった言ったらお恥ずかしいですが、

「こんなお金も時間も人も使う留学なんだから、もっとしっかりしなきゃ。このままじゃやばいやばい。」と思いました。

(もちろん留学の事前段階だけでなく、留学最中もたくさんの時間を使い、たくさんのお金を使うのだ)

 

ざっと大きくはこの3点が理由です。

早く行きたいと言う気持ちもとても強く

少しうずうずしていますがそんな自分をなだめ、

もうちょっと邁進します。

 

がんばろう。