超凡大学生

どこにでもいそうでいない大学生のつぶやき

好きなことで、生きていく

www.youtube.com

そこらへんにいる大学生の独り言

好きなこととは

好きなこととはなんでしょう。

人それぞれあると思います。

そして、好きなことが本当に全くない人に私は未だに出会ったことありません。

どれくらい好きか、とかそこんとこは本人しかわからないので確認できませんが、

これが好き、こういうのが好き、こういうことしてるときが好き、こういうことしてもらってる時が好き

色々形はありますが、「好き」とは「きっとだれしもが持ってるなにか」でしょう。

(ものっていうと、物質的なものに限られそうですが、目に見えないものも含みたいので、敢えて「なにか」と表現しています)

好きなことをしているときって

人によっては時間を忘れたり、視野がめちゃくちゃ狭くなったり、色々な症状が現れていると思います。

私は、「好きなことと」は「生きていることを実感できること」だと思います。

そして同時に「生きていることを忘れられること」だとも思います。

実感できる、というのは「このままずっとこうしていたい」とか、「最高!(生きてて)よかった!」といったかんじでしょうか。

忘れられる、というのは「気付いたら終わってた!」とか「体力が無限だった」といったかんじでしょうか。

「好きなこと」とはそういった「人生を実感し、人生を忘れる、こと」かもしれません。

生きていくとは

生きていくとはまあそのまんま、生きることでしょうか。

生きることは昔は簡単だったのです。(迷うことはあまりなかったということ)

ホモ・サピエンス全史」を立ち読みして学びましたが、

人間は狩猟採集生活をしているときは今を生きるのに必死だったので、そんな「生き方」なるものはたくさんありませんでした。臨海部中心で生きるか、山岳地帯中心で生きるか、くらいの選択はできたかもしれませんが。

人間はある日狩猟採集生活に疲れ、コムギが比較的安定した食料供給をしてくれることに気付いてから、移動型の生活から定住型生活に生き方を変えました。

するとなんと、身体的安定の代わりに精神的不安定を手に入れました。

いままでは食料が不足したら狩猟したのですが、もうそんなことはできずコムギが育つか育たないかにビクビクするようになりました。

その日から人間は来年の収穫の予想や害虫からの予防などを考え始めました。

そう、今ではなく中長期的な「将来」について考えざるをえなくなったのです。

これが発達していき、現代で言うと、「どうやって生きていくか」について考えざるをえない、というものになったのです。

この記事では別に「今のために生きる狩猟採集生活」と「中長期的に生きることを考える農耕生活」のどっちがいいとか、どっちが正しいとか、そういうことについて話したいわけではありません。

ただ、(一種の農耕生活である)現代を生きていくためには「中長期的な将来について考えて生きる」ことは必須なのです。これは避けられません。

あなたが森のなかに単身なにも持たず乗り込めば「今のために生きる」ことができます。(私はこれを疑似体験できるものが「旅」だと思っています。)

話を強引にまとめると、(現代)を「生きていく」とは「中長期的な将来について考えながら生きる」ことだと思います。

好きなことで、生きていくとは

いままでの流れから、考えると

「好きなことで、生きていく」とは

「人生を実感し、忘れながら、中長期的な将来について考えながら生きていく」です。

なに言ってるのかわかりませんね。笑

さて、ここで冒頭のYouTuberの方たちを観てみましょう!

どうでしょう?人生を実感し、忘れているでしょうか?

中長期的な将来について考えながら生きているでしょうか?

私は彼らを観ている限りそう思います。

いまできる自分の最高の状態で“人生”を強く体感しつつも、その体感はあるようでないに等しく、一瞬で過ぎ去っていく。

「今」を生きすぎて「今」を忘れている、てきな。

そんでもって、次はどんな“最高の自分”に出会えるのか中長期的に考えて生きている。

中長期的にどうやって“自分の今”を生きていくか(将来)を考えて生きている。

と、私は思います。

「自分の“今”を生きつつ、将来の“今”を考える生き方」

そう、

「狩猟採集型の生き方と農耕型の生き方のハイブリッド型の生き方」

これが「好きなことで、生きていく」ではないでしょうか。

f:id:onehundredandninetyeight:20170801163450j:plain

まとめ

では、「好きなことで生きていくこと」が最高の生き方なのか

それはわかりません。

しかし、私はこの生き方がとてもしっくり来たのでこの生き方をします。

人それぞれ考えることはあると思うので別にこの生き方を強制させたいわけでもなんでもありません。

生き方ってたくさんあるし、その人が自分で好きな生き方を選択していいと思う。

ただ、「私は」この生き方が「素敵だなっ」て、「私は」率直に「思った」のでこの生き方をしたいと思いました。

この決断のときにも「素敵か素敵じゃないかで自分の人生を決めるのか?」とか色々考えましたが、客観的で絶対的な判断基準って中々ないですよね。それこそ幸福が客観的で絶対的(と言われている)な単位である「数字」で測れないのと一緒で。生き方とか決める時に、なんか絶対この価値判断基準に従わなくてはならない、てきな法律だったりなんかありましたっけ?

特にいまのとこ(無宗教の)自分にはそういうのはないと思われるので、めちゃくちゃ主観的な「素敵だな」って思ったこの生き方を選ぼうと思います。

そして

「自分の“今”を生きつつ、将来の“今”を考える生き方」

「自分の“サッカー”を生きつつ、将来の“サッカー”を考える生き方」

そう、サッカーを職業に。

 

続きは明日。。。

 

(私は読んでいる方がイメージしやすいYouTuberをあくまでも例としてあげていますが、本当に彼らが今を生きているかとかはわかりません。みなさんの周りに好きなことで生きてる人がいて、それがわかりやすければそれをイメージしてもいいし、なんでもいいです。なんとなくロールモデルぽい人たちとしてYouTuberを選びました、違ってたら「YouTuber」ってとこは読み飛ばして「人生を楽しんでいる人」とかで代用してイメージして読んでください。また、もしかしたら身体的な障害かなにかで生き方を選択することができなくて、、、とかあるかもしれません。そういう方に、生き方はたくさんあるだとか、生き方は選んでいい、といった言葉はご迷惑でなおかつ不快かもしれません。あらかじめお詫び申し上げます。)

なにがしたいとかがわからず迷ってるそこのあなたへ

f:id:onehundredandninetyeight:20170731180437j:plain

人生に迷ってるそこのあなたへ

サッカーが好きなんです

私はサッカーが好きだ。

なぜなら、すっごい簡単に言うと、興奮するから。

自分がプレーしている時も、だれかのプレーを観ている時も

サッカー以上の興奮を味わうことは中々ない。

サッカー好きなんてこの世にたくさんいるし、だれよりもサッカーが好きなんて陳腐なことを言いたいわけではないが、サッカーが好きだ。

TVで信じられないパス、シュートを観た時。

サッカーをしていて、良い連携でたまたまゴールが決まった時。

とても興奮する。やったあ!すごい!わあ!言葉にしづらいがとても興奮するのだ。

また、興奮するから以外に理由があるとすれば、仲間と共感できるからだ。

興奮に限らず、あのシュートはああだ、いまのパスはこうだ、好きなチームが負けて悔しい、そういった感情を友人や一緒に観ている人と共感できる。

それがなにより、嬉しい、楽しい。

負けて悲しい気持ちでさえ共感できると嬉しい。

共感という時間、空間、人を提供してくれるのが“サッカー”だと思う。

家でソファにくつろぎながらサッカーを観る。

サッカースタジアムに行ってサッカーを観る。

休日友人とサッカーをする。

これが私にとっての至福の時間だ。

サッカーによって生まれる

「興奮」

「共感」

これがほしいがために、今日もサッカーを観る、する。

サッカーが好きだ。

サッカーがやっぱり好き

大学にはいってから今日まで、紆余曲折を経た。

様々な失敗や成功を重ねてきた。

やりたいことはなんだろう?

自分にとって最も大事なものとは?

以前の記事を見て頂ければわかるが、私はかなり意識高ぶっている大学生だ。

そう、とくになんともない超凡大学生だ。

そしてそんな大学生は

大したこともできないが、なにかを求めてさまよっていた。

インターンもたくさんやった。

アルバイトもたくさんやった。

学生団体だってやった。

サークルだってやった。

けど、なんも見つからなかった。

ああ、私ってだめなんだな。頭悪いんだな。

いや私だって〜、私ってすごい!

そんなことを繰り返して大学生活を繰り返してきた。

成功⇔失敗、挑戦⇔逃避

たくさん経験した。

そしてたどり着いたことは

サッカーが好きだ。

まとめ

極論を言えば

「興奮」「共感」

がある職業だったらなんでもいい。

色々な経験(具体)からやっとこのキーワード(抽象)を導きだすことができた。

そして、そろそろ正規ルートでやってみようと思う。

なにかっていうと、

まず、「興奮」「共感」がある職業はいっぱいあると思う。

それこそ調べればたくさん。

そこで、また色々試行錯誤して自分のやりたいことにマッチするものを探してもいいんだと思う。

けど、冷静に考えたら、既にひとつ見つかってるじゃん。笑

どう考えたって「興奮」「共感」がある職業。

そして自分とマッチしているもの。

「サッカー」

そう。また迷ってもいいんだけどさ。

そろそろ敢えて迷ったりせず、これに打ち込もうと思う。

これを信じて前に進もう、かな、と。笑

そう、サッカーを職業に。

 

続きは明日。。。

 

サッカーが好きだ

築地の跡地には超大型サッカースタジアムを!!!

http://www.wallpaper-box.com/smartphone/wp-content/uploads/2013/10/2e3eafa8f8fc1de3f6db16f3f8840929.jpg

 

築地の跡地にはサッカースタジアムを建設しませんか?

築地の跡地とは?

上記サイトは参考にどうぞ。

要は築地市場豊洲に移動した後、残った土地(築地)を国がただ保有してるんじゃなくて民間に売ってしまおう。それか貸そう。というやつだ。政府見込みでは4400億程度で売りにでるor貸すようだ。

築地市場豊洲移転問題に関しては話が長くなるのでここでは述べないでおきます。笑

ちなみに築地市場は23ヘクタールで東京ドーム約5個分だ。

(東京ドームシティの約1.7倍だからもはや小さな町くらいの大きさ)

超大型サッカースタジアムって?

超大型スタジアムと言われてもあまり想像がつかないだろう。

ここでは海外のスタジアムを例に挙げてみよう。

世界最高クラブのひとつ「バルセロナ」のホームスタジアム「カンプ・ノウ」は約5.5ヘクタールで東京ドームより少し大きいくらいだ。↓

 

http://kabekin.com/uploads/converted/15/06/13/869391975-camp-nou-evening-2880x1800-0RKv-1920x1080-MM-100.jpg

 

日本の最高クラブのひとつ「浦和レッズ」のホームスタジアム「埼玉スタジアム2002」は約5.3ヘクタールで「カンプ・ノウ」と大差ない。↓

 

http://livedoor.blogimg.jp/motori_avenata/imgs/9/1/91cb8b64.jpg

 

しかしバルセロナの「カンプ・ノウ」は現在改修工事を行っている。

なぜかというと、スタジアムの拡大と共にスタジアム内に商業施設を作り、より快適なスタジアム観戦、試合が行われない時にでもお客さんが自然とスタジアムに足を運ぶような環境を整備している。(↓完成後のカンプ・ノウ予想図)

http://www.designboom.com/wp-content/uploads/2016/04/new-camp-nou-barcelona-football-stadium-nikken-sekkei-designboom-N1800.jpg

 

私が提案したいのはそのような商業施設や娯楽施設、ホテル等設備を兼ね備えた超大型スタジアムだ。

現在の埼玉スタジアム2002では周辺の商業施設と距離が離れすぎているし、駅からも遠い。観光のついででよれるような場所にない。などが「カンプ・ノウ」との違いだろう。                                                                                                                       

なんで建てるの?

なぜ、そのような超大型スタジアムを提案するのか。

これは私の直感だが、これからスポーツはもっともっと需要が伸び、活性化していく産業だと思う。

理由は大きく2つある。

  1. 「楽しむ」拡大
  2. すべてのハブになりえる

それはAIの出現、自動化の時代の潮流などで感じられる、「人でしかできないこと」の必要性の拡大だ。

人でしかできないことの1つに「楽しむ」という行動だろう。

機械やAIでは「楽しむ」ということはできないだろう。

ホリエモンさんの著書の中では「今まで遊びだと思われていたものがどんどん仕事になる」と書いてあるが、実際その通りだろう。

プロゲーマーやブロガー、インスタグラマー

このような職業を持つ人達だってまさかそれを生業に生きていけるとは10年前思わなかっただろう。

話はそれるが人間の職業の半分が失われるといわれているが私は半分同意で半分違っていると思う。

たしかにどんどんAIなどに職業は代替されていくだろう。しかし、人間は「人間性」と「不満足感の連続」によって新しい仕事を作り続けるだろう。

現在100の仕事があり、50がそのうち代替されるとしたらたしかに、今考えられている職業は50しか残らないだろう。しかし、人間は新しい職業を50創るだろう。

だから、結局中々人間が仕事を失う、とは私はあまり考えていない。

そのまた昔、農業にトラクターが生まれ、トラクターに代替され、職を失った人間は消えたのだろうか?違う。しっかり生きて、新しい生業を手に入れたのだ。サービス業だったり、2次産業の従事したのだ。

それと同じようなことだ。

スポーツは人間にしかできない究極の遊びだ。

なぜなら、“ただ勝ちたい”という欲求にかられた高次元の欲求を目指すことだからだ。

社会に認められたい、新しいことを作りたいとかではなく、

ただ目の前の「人」、「チーム」に勝ちたい

という幻の第6次的欲求「自己超越欲求だからだ。(と私は思う)

自己超越欲求については以下のURLを参考にして下さい。中々興味深いですよ(^o^)

マズローの自己実現・自己超越欲求とは?【解説】 | 生きる意味.net

話がぶれぶれだが、人間の「楽しむ」を中心に置いた職業に人はシフトしていき、人はそういうものに興味をひかれ、お金を払うと思う。

 

スポーツはすべてのハブになりえると私は思う。

なぜなら年齢、セクシャリティジェンダーに関係なくだれもが好むものだからだ。

もちろん好きではない人はいるかもしれない。けど「スポーツ」が嫌いという人は中々いないだろう。

(野球が嫌い、サッカーが嫌いという個別の好みはあるかもしれないが、そういう人は他のスポーツに関心があったりして、スポーツ全部が嫌いという人にはいままで、であったことはない。またスポーツするのが嫌いで、見るのも嫌いという人にもあまり私は出会ったことはない)

ということはどんな人でもスポーツを行う場所に訪れる可能性があるということだ。

それはかなりの大きな可能性を秘めている。

お年寄り向けの施設を併設することだって、幼稚園を併設することだって、若者向けの飲食施設を併設することだって、そういうところに集まった若者に向けた広告をうちだしたり、観光でその都市の最高のスポーツチームを観戦することだって、服を買いたくなって行くのがラフォーレ併設の味の素スタジアムだったら、、、

ビジネスや生活、観光、老後などすべての活動の中心になりえる。それがスポーツを行っている「スタジアム」の大きな可能性だ。

よってスタジアムは「ハブ」になりえる。

 

これらのことから大きな大きなとても大きな「可能性」を私は感じる。

「楽しむ」の拡大によってスポーツ自体の価値が上がり、

「スタジアム」が人々の生活すべての「ハブ」になるのだ。

筆者の個人的な意見

現代サッカーの活躍にはとっても大事な要素が3つある。

ホリエモンさんの言葉を借りれば

「スター選手」「臨場感のあるスタジアム」「ITメディアの活用」

この3つだ。

ガンバ大阪が東京ドームシティを鑑みたのか、吹田スタジアムすぐ近くにexpocityという商業施設を作りました。吹田スタジアムは民間のお金で作った素晴らしいスタジアムです。

日本1の観戦環境だと謳う人も数多くいるほど近代的スタジアムです。

youtu.be

 

日本のサッカー界に新しい息吹を吹かせてくれましたが、吹田スタジアムにも問題があります。

詳しくは書いてくださってる方がいらっしゃるので下記URLを参考にどうぞ。↓

「日本一の観戦環境だけど帰りは大変」な吹田サッカースタジアムからの脱出方法【徒歩編】 : Tedious Days More×3

要点をまとめると

1、周辺交通網が脆弱(アクセスが悪い)

2、スタジアムの露店程度では観客の夕飯を賄いきれない

ですね。

まず「2」については、正直いってスタジアムの露店で夕飯賄いきれないのはしょうがありません。

たぶん、新しいカンプ・ノウでも観客全員がハーフタイム中に露店のごはんを買って食べれるのは難しいでしょう。

しかし、いまはこんなことも試験導入されているんです。

tomonotecho.com

席まで宅配!!!

素晴らしいサービスですよね!!!

実際に匂いをかいだりしながら迷いたい人は露店へ足を運ぶ。

スマホで各露店の予想待ち時間を見れて(ディズニーランドがかなり前からやってるんだからできるはず)メニューも並んでる間に決めて、お金も用意しておき、レジではQRコードぴっで注文確定すればレジの回転率UP

席を離れるのがめんどくさい人は前半の15分くらいまでにスマホで注文を終わらせといて、ハーフタイムは席で待つだけ!

飲食店側に莫大な人件費等が見込まれますが、いままだ長蛇の列のせいで取り逃がしてたお客さんを捕まえることができるため、意外と収支は黒字、“かも”。

これが「ITメディアの活用」でしょう。スタジアムの無料Wifiを用いてもらって、インスタグラムに「吹田なう」と投稿してもらい、お弁当を席までとりよせる。不自由なく最高な観戦を楽しめるでしょう!

 

「1」についてですが、これは吹田スタジアムは今更変えようがないでしょう。

シャトルバスの本数を増やしたり、モノレールの本数が少し増えるかもしれませんが、正直状況はあまり変わらないでしょう。やはり、外国人観光客のことも考え、観戦後ノンストレスで素早く行動できる、というのは観客増員のためにはマストの事項でしょう。

そのためにも、築地は素晴らしい場所だと思う。

f:id:onehundredandninetyeight:20170618102224p:plain

15分くらい歩けば5つの駅にアクセスできる。

東京駅も途中で居酒屋に寄ったりして観戦の感想を語って行けば、行けなくはない距離だろう。

そして日比谷線、浅草線、大江戸線がすぐそこに。

新橋まで行けば京浜東北、山手だってある

都内でこれほど交通環境が素晴らしい場所はないだろう。

成田エクスプレスのおかげで成田空港も近い。グーグルによると新橋駅から成田空港まで1時間で着く。

羽田なんてもっと近い。新橋から京浜東北とモノレールで30分で着く。

この利便性を使わない手はあるだろうか。

もしかしたらここまで交通網が充実しているスタジアムは世界初かもしれない。

それくらい、私は築地という場所に魅力を感じるのだ。

また、商業施設を併設しなくてもいいくらい周辺には飲食店などがある。試合観戦前、後に立ち寄れることも利点だろう。

まとめ

正直いって、サッカーのスタジアムじゃなくてもいいのだ。

スポーツだったらなんでも価値があり、観客がいて素晴らしいスタジアムを立てれるだろう。

しかし、そこは私がサッカーが大好きだからサッカースタジアムをゴリ推ししたい。笑

世界的にみてもサッカーほど競技人口が多いスポーツはあまりない。

スポーツはこれからもっともっと拡大していく産業であり、人間が「楽しむ」を求めるものであり、すべてのハブになりえるのである。

交通網や革新的ITメディアの活用

これが揃えることができる

築地スーパースタジアム

作らない手はないだろう。(ネーミングセンスがない。)

そしてここでは触れなかったが、「スター選手」がたくさん所属するスーパーチームがそこをホームグラウンドにしてほしいな、、、

 

以上、

築地跡地に超大型サッカースタジアムを作って欲しいという記事でした。(^o^)